星降る宙のダンデリオン NOVEL2

星降る宙のダンデリオン NOVEL本編 後編

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絆・異端・肯定

ラベンダー・フリートが入港している軌道ステーション上層部の居住エリアの片隅には同艦隊勤務のU.G.S.F.軍人の宿舎が広がっていた。
湿度調整の時間を迎えたこのエリアでは、湿度調整の為に人工降雨が降り注ぎ、地上で言う所の激しいにわか雨の様相を呈していた。
その一角でカケルは迷う気持ちを振り切り、インターフォンに手を伸ばす。
果たして今の状態でジョディは出て来てくれるだろうか?
出てきたとして、何を話せばいいんだろう?
そんな事を考えながらもカケルはインターフォンのボタンを押し、待ち続ける事にした。

「誰?」
暫くして、インターフォンからジョディの声がした。
「ジョディ、僕だよ。カケルだよ」
そう言うとすぐに、ロックの開く音がした。
これは入って来て良いということだろうか。
カケルは迷わずに部屋に入っていった。

ジョディの部屋は驚くほど質素だった。
むき出しのハンガーにU.G.S.F.の軍服がかけられており、後は小さなタンスと椅子、テーブルがあるだけだった。
そして、テーブルの上には見覚えの有る箱が3つほど重ねておいてあった。
凹んだその箱には【KIRARI】のブランド名が印字してある。
この前の上陸許可時にジョディが買った服の入った箱だ。

ジョディはスポーツブラにショーツ一枚という裸に近い格好で窓際の床に腰を下ろし、膝を抱えるようにして三角座りをしていた。
「カケル、何をしにきたの?」
立ち尽くすカケルを見上げて、ジョディは言った。
「そ、それは……ジョディが心配で、どうしても会いたくなって」
「ウソ。司令から様子を見てくるように言われただけでしょう。それとも引きとめ?」

ジョディの言葉にカケルは声を失った。
もう戻る気は全く無いのかもしれない。
けれどもカケルにとってはあの初陣から先、隊の仲間たちと離れる事は考えられなかった。
それは、かつて研究所の中でケインと共にほぼ世間と隔離された生活をしてきたカケルにとって最初の仲間とも友人とも言える存在が隊のメンバーだったからに他ならない。

「そうじゃない。
ジョディは大事な仲間だ。
大事な仲間に居なくなって欲しくない」

「仲間?そんな訳あるわけない。
あの人達も言ってたでしょう。私、ボスコニア国防軍でも一番の足手まといだったの。
【お前は生粋のボスコニアンではないし、当然、戦闘適性は地球人レベルに過ぎない】そう言われ続けて……」

「そんなことなんてどうでもいい!」
カケルは語気を少し強めた。
「国防軍でどうだったかは知らないけど、このU.G.S.F.ではこの前もそうだったけどメイプル小隊の2番機として敵艦を沈めてダンデリオン恒星系を守った。
決して足手まといなんかじゃない」

ジョディがゆっくり立ち上がった。
コロニーエリアの天井一杯に広がる集光窓からは星空と共に衛星ネオ・カシワによる月明かりが見える。
月明かりははっきりとジョディの身体を照らし、体のラインをあらわにした。

「この身体を見て。
見た目だけは地球人の女。
だけれども子供を作る事も出来ない見せかけの身体でしかない。
かといってボスコニアンのような強靭さも空間認識力も僅か。
戦いには到底向いていない身体」

ジョディは胸に手をあてながら続ける。
「地球人としてもボスコニアンとしても中途半端、それが私なの」
ジョディは涙を堪えながら言った。

「中途半端で何が悪いんだよ!」
カケルは追い込まれたジョディの姿に動揺しつつも、心臓の高鳴りを堪えつつ叫んだ。

「そんな過去は関係ない。
僕らからすれば立派に戦った仲間だ。
最初の出撃の時から、僕と一緒に引き金を引いて敵を倒したのは僕とジョディだ!
僕もジョディも同じなんだよ、全然違ってない!」

ジョディを失いたくない。
傷つけたくない。
そんな思いからカケルの心臓の高鳴りは最高潮に達していた。

「ジョディは僕と一緒に戦って、遊んで、笑って、買い物の時なんか色々と迷ったりして、気に入った物を見つけた時は喜んだ!
例え混血だろうと何だろうと、僕達と同じだ!中途半端なんかじゃない!」

カケルはジョディの手を両手で握り締めていた。
ジョディの手の震え、やわらかな感触、温かい体温がはっきりと伝わってくる。
それはジョディも同様だった。
「戻ろう、僕達の場所へ」
「でも、私……やっぱり無理……」

ジョディがそう答えた時だった。

突然、軌道ステーション全体を激しい振動が襲った。
一部区画には損傷も生じたらしく、激しい爆発音も聞こえる。
それと同時に、カケルの携帯していたタブレットタイプのデータスワローが緊急呼び出し音を発した。
「いったい何が……」
データスワローを手に取るとナガセの顔が通話ウィンドウに表示され、慌ただしく説明を始めた。
「こちらナガセです!ゾ・アウスの大艦隊がダンデリオン恒星系内部に電撃侵攻してきました!
敵はこれまで恒星系外縁からの亜光速侵攻ではなく、恒星系内部への直接ワープで大艦隊を送り込んできたため、ボスコニア国防軍やU.G.S.F.の艦隊も事前に迎撃準備を備える前に、周辺の軌道上防衛プラットフォームやこの軌道ステーションに直接砲撃を行っています。
ラベンダー・フリートは今出港準備が整いましたので、隊長は急いで旗艦ラベンダーに戻ってくるようにとハミルトン司令から招集が出ています!」
「わかった!すぐ行く!」

カケルはデータスワローを閉じると振り返った。
「ジョディ、行こう!」
「でも……私……」
「ラベンダー艦内の方が安全だ。急いで!」
カケルはジョディに軍服を羽織らせると手を繋ぎ、家を飛び出した。

軌道ステーションの宇宙港で旗艦ラベンダーは乗艦用のボーディングブリッジ(通路型の乗り込み口)が一つだけ接続されており、その前でナガセ、ミィニャ、ケイン達がカケルの到着を待ち焦がれていた。
「あっ、来た!」
ケインが駆けつけてきた二人を指さす。
「ジョディも一緒だ!」
ミィニャのこわばった表情が笑顔に変わる。
3人はボーディングブリッジに飛び込んだカケルとジョディを囲む。
「戻ってきてくれたんだね、ジョディ!」
ミィニャはジョディを上目遣いに見る。
「わ、私は……」
言葉に詰まるジョディを遮り、カケルが叫ぶ。
「みんな、カタパルトデッキにまず行こう、それから状況を詳しく教えてくれ!」
5人はラベンダーに乗艦するとカタパルトデッキへと全力で走っていった。

「状況ははっきり言って最悪です」
カタパルトデッキに備え付けられたモニターを操作しながらナガセは説明した。

「ダンデリオン恒星系にはボスコニア国防軍の艦隊が常時展開していましたが、その能力はあくまでU.G.S.F.の内宇宙艦隊よりも少し高い程度の為、ゾ・アウスの艦隊が今回送り込んできた超長距離砲撃型の駆逐戦列艦によって一方的に狙い撃ちにされています。
恒星系各地に設置された軌道防衛プラットフォームにある航宙機基地から国防軍のジオキャリバー、ジオセイバーが出動し、辛うじて敵の前進を防いでいますが、これらプラットフォームも敵からの長距離砲撃でいつ壊滅するかは時間の問題です」

「辛うじて?ジオキャリバーやジオセイバーなら防空能力の低い駆逐戦列艦を沈めるのは容易じゃないのか?」
カケルが尋ねる。

「残念ながら、敵もこれまでの戦闘で随分学習したようです。
この恒星系に配備されている主たる打撃力は航宙機、それに対処すべく敵は航宙機の撃墜に特化した艦隊型防空艦を多数全面に展開し、完全に駆逐戦列艦の盾になっています。
ボスコニア国防軍の艦隊、そしてU.G.S.F.の駐留艦隊もまずこの艦隊型防空艦を倒し、穴を開けようとしていますがあまりにも数が多く、効果を上げるに至っていません。
これからハミルトン司令もラベンダー・フリートの艦砲射撃でここに穴を開ける為の最適解を探っていますが、艦砲射撃だけでは足りない為、悪手ですがラベンダー・フリートの航宙機隊も投入するしかないと結論付けています」

艦隊型防空艦、U.G.S.F.でのコードネームはヘッジホッグ。
U.G.S.F.最大の打撃力である航宙機から艦隊を守る為、光速重力弾搭載高角砲と亜光速ミサイルを満載した艦。
小型ながらもその射撃精度は高く、数が集まればジオキャリバーの一個編隊を簡単に殲滅出来る。
それが大多数を以て艦隊の壁を築いている以上、航宙機でそこに飛び込むのは自殺行為だ。
しかし、それでもこの壁を打ち崩さない限り、駆逐戦列艦による超光速重力弾の砲撃でダンデリオン恒星系は壊滅するのは明白だった。

(どうする……航宙機での攻撃と艦砲射撃双方を合わせてもこの分厚い壁は突破出来ない……)
カケルの思考は逡巡した。
(一度敵陣に入り込みさえすれば、相手は同士討ちを恐れて攻撃出来なくなる。
そこをかき回せれば……)
カケルは小さく頷き、ナガセの横に立つとモニターを操作し過去のU.G.S.F.による航宙機作戦を検索し始めた。
暫くしてモニターに映った検索結果を見た途端、操作をやめた。
「これだ……」
そう言うと、カケルはモニターを艦内通信モードに切り替え、ブリッジに繋いだ。
「私だ、ハミルトンだ」
通話にハミルトン指令が応じると、カケルは敬礼し、自らの考えを具申した。
「――なるほど、ジオキャリバーにアサルトシースを装備しての中央突破か。
確かにアサルトシースで敵の想定以上の速度で突入すれば敵の攻撃を回避する事も可能ではある。
それに、メイプル小隊のジオキャリバーMD900はジオキャリバーⅡと互換性はあるからキャリバーシースの装備は可能だが問題がある。
ジオキャリバーMD900の母体はジオキャリバーⅡNU、ニューコム仕様の機体で、キャリバーシースもニューコム仕様の物だ。
ニューコム仕様のジオキャリバーⅡに使うアサルトシースはあまりにも性能がピーキー故、実用には適さないとされ、長らく使われていない。
それをどう解決させるつもりだ?」
「確かに地球人が操縦するには難があります。
しかし、このメイプル小隊には地球人より反応速度や空間認識能力の高いボスコニアンが居ます。
その中でも操縦の精度が一番高いパイロット、ナガセ少尉に全コントロールを委ねます。
過去のU.G.S.F.による運用で類似した事例が1件だけありました。
アサルトシースを装備したジオキャリバーからトラクタービームを発し、各機を牽引、高速で戦場へ突入した事例です。
今回もこの案に則り、ナガセ少尉に全機の牽引を任せれば可能です」
「なるほど……これも混成部隊の強みか……よし、判った。
ナガセ少尉のMD900にアサルトシースを装備させ、トラクタービームで全機を敵防空艦隊の中心まで最大出力で全機を突入させる。
その後アサルトシースを廃棄し、防空艦隊に攻撃を仕掛け艦列に穴を開け、そこから全航宙機隊を突入させ、敵駆逐戦列艦を攻撃する。
アサルトシースの装備に少し時間はかかるが整備班には10分でやらせよう。
諸君らはL.S.U.S.を着用しカタパルトデッキで待機したまえ」

通話が終わると、ナガセがカケルの元に駆け寄ってきた。
「隊長、確かに私達はボスコニアンです。
でも地球人との混血が進んでいて純血のボスコニアン程の力はありません。
まして、アサルトシースでの超高速巡行で敵弾をかわしつつ敵陣中央まで飛び込むのはあまりにも無謀です」
「確かに無謀かもしれない」
カケルは答えた。
「けれども地球人の僕や、ケプラー人のケインよりもこれまでの戦闘での操縦評価値が高いのは混血といえどもボスコニアンの皆、そしてその中でも一番冷静な判断が下せるナガセ少尉だけなんだ。
仮にキャリバーシース無しで普通に攻撃を仕掛けてもあの圧倒的多数の防空艦隊の手で簡単に蜂の巣にされてしまう。
けれども仮に防空艦隊の中央に入り込みさえすれば、連中は同士討ちを恐れて簡単には発砲出来なくなる。
そこに賭けたいんだ」
「隊長は……いつも無茶ばかり考えますね……判りました。
私が責任を持って皆さんを送り届けます」
ナガセはカケルに向かって敬礼した。
「本当にカケルってば無鉄砲よね、私達を最初に助けてくれた時もそうだけど……
ね、ジョディ?」
続いてミィニャが悪戯っぽい顔でジョディを見た。
「本当に……本当に強引なんだから、カケルは……」
ジョディは少し潤んだ瞳でカケルを見つめた。


「ジオキャリバーMD900、アサルトシース装備完了しました!」
整備員の声が格納庫から響き渡った。
「さぁ、僕たちの出番だ」
カケルはカタパルトデッキの床から立ち上がった。
「メイプル小隊、直ちに発艦準備、ジオキャリバーへ搭乗せよ!」
ハミルトン指令の声がカタパルトデッキに響き渡る。

ミィニャ、ナガセ、ケインも立ち上がる。
一方、ジョディはどうすれば良いか判らない顔をしていた。
「はい、ジョディのL.S.U.S.用意してあるよ。
一緒に行こう。ね?」
ミィニャは丁寧に折りたたまれたジョディ用のL.S.U.S.を手渡す。

「私は……」
ジョディは戸惑いながらも呟いた。
「ごめん、私にこれは着られない……」

(自分はここにいて良いのだろうか?)
(他に自分の居場所など見つけようがない)
(けれども自分はこのメイプル小隊で功績を上げるばかりか足を引っ張ってしまった)
(これからもまた同じ事がおきたら……?)
ジョディは走りながら思考をループさせていた……

コクピットのP.O.D.システムが全天周スクリーンを投影すると、各システムの自動チェックが電子音と共に始まる。
視界の右上に通話ウィンドウが開き、カケルの顔が表示される。
「みんな。防空艦の艦列に突っ込むまではとにかくGに耐えてくれ。
ナガセがトラクタービームでみんなを引っ張ってくれる。
艦列に突っ込んだらナガセとケイン、僕とミィニャでエレメント(分隊)を組み、目の前の防空艦を潰して回れ。
一度中に入り込んでしまえば敵は同士討ちを防ぐためにこちらへの発砲を仕掛ける事は出来ない。後はとにかく潰して回るんだ!」
「了解!」
「ラジャー!」
「了解しました。任せてください」
「メイプル小隊、全機カタパルトに乗りました。発艦準備クリアーです。
ナガセ機のアサルトシース、ブースター点火まで残り30秒!」
カタパルトデッキのオペレーターの声が響き渡る。
「メイプル小隊、全機発艦せよ!」
ハミルトン指令の怒号と共に、4機のジオキャリバーMD900は一斉に旗艦ラベンダーから飛び出していった。
「超高速巡航モードスタンバイ、トラクタービーム全機に接続」
ナガセは静かにそう言うと、操縦桿横のキーボードを軽やかに操作する。
縦列に飛行するジオキャリバーMD900はナガセ機からの赤いトラクタービームの明かりで繋がれ、次第に速度を上げていく。

ナガセのジオキャリバーMD900に覆いかぶさるように接続されたアサルトシースは巨大なブースターを青白く発光させ、その速度を光に近づけていく。
「ブースター出力100%スーパークルーズ状態へ、敵弾予測経路診断プログラム正常に稼働中、回避運動を取りながら目標へ飛行中です」

ナガセは冷静な声で報告するが、その華奢な身体の中にある心臓は鼓動を激しくし、手は汗で滲み、身体は静かに震えていた。
密集隊形で突き進むジオキャリバーは一発でも被弾すれば全機共々バラバラに砕け散り、誰一人助かる事はないだろう。

(なんて……加速なんだ……)
地球人のカケルにとって、この高速飛行によるGは耐え難い物だった。
ニューコム仕様のアサルトシースは地球人には使いこなせないとして【モンスター】と呼ばれていたが、その理由を身を以て体感していた。

(うう……潰れちゃう……)ボスコニアンにとってもこの加速は決して楽な物ではなく、ミィニャは必死に操縦桿を掴むのが精いっぱいだった。
この状況下で回避運動まで取りながら操縦するナガセを思うと、どれほどの負荷とプレッシャーが掛かっているかは想像に難くなかった。

想像を超える速度で突如突進してくる航宙機隊にゾ・アウスの防空艦隊も驚愕を隠せないまま、懸命に対空射撃を試みるが、類を見ないスピードで回避運動ををしながら急接近してくるメイプル小隊には対処のしようがなかった。

そして遂に4機のジオキャリバーは防空艦隊の中央へと飛び込んだ。
「スーパークルーズ解除、アサルトシース、及びトラクタービーム解除!」ナガセが叫ぶとジオキャリバーは2つのエレメントに分かれ、眼前の防空艦へFLDキャノンを速射モードで叩きこむ。

小ぶりな防空艦の装甲は脆く、次々と艦体を打ち抜かれ轟沈していく
「やったあ!」
ミィニャは歓声を上げるが、カケルは喜ぶことは出来ずにいた。
敵は今でこそ同士討ちを恐れて対空砲を撃たずにいるが、隊列を再編し自分達への対空攻撃を開始するかもしれない。

カケルは各機に命じる。
「全機、対艦多弾頭ミサイル発射!まとめてこの射線上の艦を落とす!」
ジオキャリバーMD900に搭載されたもう一つの武装、それは広範囲の目標に向けて小型の光子ミサイルを発射する対艦多弾頭ミサイル発射装置であった。
ジオキャリバーから無数の光子ミサイルが放たれ、防空艦隊の隊列には大きな穴が空いた。

そして、その瞬間をハミルトン指令は見逃さなかった。
「この空域の航宙機隊に全域通信!防空艦隊に穴が空いた。
全機そこから敵艦体主力へ突入されたし!」

直ちに座標情報が周辺のU.G.S.F.艦隊、ボスコニア国防軍艦隊を中継して全ての航宙機に防空艦隊に空いた【穴】の座標が転送される。
この機会を失うまいと次々とU.G.S.F.とボスコニア国防軍の航宙機隊が防空艦隊の隊列を突破し敵艦隊主力??駆逐戦列艦へと殺到していく。
懸命に航宙機へ追いすがる他の艦隊型防空艦はラベンダーフリートの擁する打撃戦闘艦による荷電粒子砲の攻撃によって次々と沈められていった。

カタパルトデッキのモニターでその様子を見ていたジョディはうっすらと笑みを浮かべながら涙をこぼしていた。
「やっぱり、私なんかいなくても……いいじゃない……」

U.G.S.F.とボスコニア国防軍の航宙機隊がこれまで防空艦に行く手を封じられた鬱憤を晴らすがごとく、敵の駆逐戦列艦を沈めていく。


それは今までとは打って変わっての逆転劇だった。
「ミィニャ、次はあの艦を狙うぞ!」
カケルが叫ぶ。
「りょーかい!!」
二機のジオキャリバーが新たな獲物へと向かい飛翔したその時だった。

「各機に警告、12時方向から新たな反応!」
ナガセの声が航宙機隊へと届く。
「12時方向から?」
カケルは戦術パネルを開くとそこには最悪の光景が映し出されていた。

ゲイレルル……U.G.S.F.でのコードネームはトンボ。
敵の高機動航宙機だ。
ジオキャリバーに比べ性能では劣るが、その生産性の高さから数の暴力で襲い掛かり、数機一組でこちら側の一機を確実に葬ってくる厄介な相手だ。
敵の対航宙機対策が防空艦だけかと誰もが思っていたが、敵は更に隠し玉を持っていたのだ。
そのゲイレルルの大編隊がこちらへと向かってきている。
これだけの量を相手にしては敵艦隊主力への攻撃は極めて困難になる上、その間に敵の防空艦隊が隊列を再編して挟撃してくる恐れがある。

「せめて主力を叩く時間だけでも稼げれば……」
カケルはそう言うと、通信システムをU.G.S.F.とボスコニア国防軍の全チャンネルに合わせた。
「こちらメイプル小隊、敵航宙機隊が現在当空域に接近中。
しかし敵航宙機との応戦は多大な消耗を招き、敵艦隊主力を殲滅する事が困難になる。
当小隊が敵航宙機の足止めをする。
各隊は引き続き敵艦隊主力の殲滅に注力されたし!」

「あの子は何を考えている?死ににいくつもり?」
ボスコニア国防軍第7航宙機師団・第4航空団第1小隊【セイバー小隊】のリリカ・ランドリー中尉はこの捨て身にとれる発言に戸惑いを隠せなかった。
「フィオナ。どう思う?」
リリカの問いに、リリカとエレメントを組んでいた【セイバー2】のフィオナ・コートニー少尉は少し思案を巡らせると答えた。
「つまり、地球人も噂で聞くほど臆病じゃないって事じゃないかな」
「だとすると、私達も応えなきゃね。
私達の後輩が彼らに迷惑かけちゃったみたいだし」
「レイピア小隊の事か?まぁ、確かに先に喧嘩をふっかけたらしいしな」


「じゃあ、決まりね?ボスコニア国防軍セイバー小隊からメイプル小隊へ、貴君らの小隊規模では敵航宙機隊との応戦は極めて困難と見込まれます。
私達も援護に回ります。over」

「こ、こちらメイプル小隊、貴君らの援護に感謝します」
カケルは驚きを隠せなかった。
ついこの前いざこざをおこしたばかりのボスコニア国防軍が??当のレイピア小隊ではないものの、こちらを援護すると言い出したのである。
合流して来たセイバー小隊とメイプル小隊はそれぞれ、奮戦したが多勢に無勢の状況は覆し難く、相次ぐ被弾でE.N.Dフィールドの出力を落としつつあった。

「ひあっ!?」
4度目の被弾でE.N.Dフィールドから伝わる衝撃を受け、ミィニャの手が操縦桿から滑り落ちた。
動きを失ったミィニャのジオキャリバーに、新手のゲイレルルがバレルロールで捻りこんでくる。
ゲイレルルは速射砲を容赦なく放ち、E.N.Dフィールドを剥がし、止めを刺そうとしてくる。
その度にジオキャリバーは激しく揺れ動いた
「やだーっ!死にたくない!助けてー!!!」
「ミィニャ、今行く!出力をあげてハイGターンで回避しろ!」
カケルは人間には無理な加速をかけながらミィニャを襲うゲイレルルを照準に収めようとするが、次第に視界が真っ赤になっていくのを感じた。
「レッドアウト……流石にこのGには勝てないか……」
それでも震える指でカケルはトリガーを引く。
「メイプル1、FOX2!」
FLDキャノンが火を噴き、ミィニャへとターゲットを定めていたゲイレルルは爆散した。

一方、旗艦ラベンダーのカタパルトデッキではジョディが嗚咽を抑えきれずに泣いていた。
死の恐怖に晒され悲鳴を上げ続ける友人のミィニャ、それを必死に守ろうとするカケル。
それなのに何もしないでいる自分へのやるせなさと、そんな自分を許せない事に感情は高ぶるばかりだった。
メイプル小隊からの通信は、カタパルトデッキのスピーカーにも中継されていた。
極限状態のミィニャの絶叫が聞こえてくる。

ジョディは無言で立ち上がり、軍服を脱ぎ捨てた。
そしてミィニャから出撃前に手渡されたL.S.U.S.を着用すると、カタパルトデッキに1機残された自分の機体へと走り出していた。
「今から出撃する気か。ジョディ・ライマー元少尉」
ヘルメット内蔵の通信機ごしに聞こえてきたのはハミルトン司令官の声だった。

「は、はい……でも私はもう……ダメですよね……」
ジョディは歩みを止め、項垂れた。
「カケル……カケル・ルナーサ・ダヴェンポート中尉はまだお前の辞任を受理していない。
まだお前はメイプル小隊の隊員だ。
少し待て。準備をしてやる」
スコール司令はそれだけ言うと、ブリッジからカタパルトデッキに指示を出した。
「これより旗艦・ラベンダーはジョディ・ライマー少尉を援護に向かわせる!
カタパルト再充電!メイプル2のジオキャリバーMD900にはLユニットを装備させろ!」

ジョディのジオキャリバーが配置されたカタパルトに明かりが灯っていく。
「司令、ありがとうございます!」
その場で敬礼するジョディに向かってハミルトン指令は言った。
「行ってこい、そしてその手で仲間を助けてこい!」
「はい!」
涙を払い、笑顔を取り戻したジョディのもとへ整備員が駆けつけてきた。
「ジョディ少尉、これがLユニットの起動方法と制御方法です。
既にご存じとは思いますが、これを使ってください」
「ありがとうございます!」
ジョディは整備員から数ページ程のマニュアルを受け取るとジオキャリバーへと乗り込んだ。

「艦内のエネルギーを全てカタパルトに回せ!メイプル2発艦せよ!」
通常時より数倍早い速度でジオキャリバーが射出され、カケル達のいる戦場へと飛び込んでいく。
「全く、規律も何もない。若いな……奴らも私も……」
ハミルトン指令は独り言を言った。

決意(2)

一方、カケル達メイプル小隊とリリカ達セイバー小隊は防戦一方だった。
次々と集団で速射砲で銃撃を仕掛けてくるゲイレルルに対して、各小隊は密集隊形でE.N.Dフィールドを重ね合わせる事で防御したが、確実にエネルギーを失いつつあり、メイプル小隊のジオキャリバーMD900よりも性能で一歩勝るジオセイバーで構成されたセイバー小隊も次第にその物量で押されつつあった。

「流石にこの量はちょっとヤバいかもね」
セイバー小隊の小隊長リリカに、僚機のセイバー2・フィオナも焦りを感じていた。
純血ボスコニアンで編成されたセイバー小隊はその類稀なる空戦能力でメイプル小隊の支援を全うしていたが、敵の数の暴力には苦戦していた。

「カケル!これ以上は無理だ!一旦引こう!」
メイプル小隊のケインもこの無謀な戦いに異議を唱えていた。

それでもメイプル小隊に置いて比較的戦闘適性の高いミィニャとナガセは善戦していたが、相次ぐ被弾からくる恐怖感との戦いで精神的に疲弊を見せ始めていた。
「カケル!もう無理だよ!」
ミィニャが泣き叫ぶ姿がカケルのジオキャリバーに備えられた通話ウィンドウを通じて限界を伝えてくる。

勿論、カケルもこれが無謀である事は理解していた。
どこかで引かなければならない。
だが、引けば敵主力艦隊の殲滅に専念している残りの航宙機隊がこのゲイレルルからの攻撃に晒され甚大な被害を被るのは間違いない。
引き際をどうするか、今引けばメイプル小隊からもセイバー小隊からも戦死者を出さずに住むかもしれない。
しかし、残りの航宙機隊が敵の物量に押し流されて膨大な戦死者を出す事になる。
どちらにしても戦死者は出る。
その判断が自分に委ねられているという事実の重さとカケルは戦わなければならなかった。

「メイプル1、FOX2!」
カケルのジオキャリバーがFLDキャノンでまた一機ゲイレルルを葬る。
それと同時に機体にはズシンと不愉快な振動が響く。
別方向から切り込んできたゲイレルルが再び速射砲でE.N.Dフィールドを削りに来たのだ。
「ひぐっ……ひぐっ……怖いよ……助けて……」
ミィニャの泣き声が通信を通じて聞こえてくる。
(この次の攻撃が引き際か……もう限界だ……)
カケルがそう考えた時だった。

戦術モニターが複数の飛翔体を確認した。
1つは航宙機、残りはミサイル、それも航宙機搭載型の多弾頭ミサイルだった。
多弾頭ミサイルは炸裂すると無数のミサイルを吐き出し、メイプル小隊を取り囲むゲイレルルの1個小隊を全て撃ち落とした。
そしてその航宙機はカケルの機体に急接近して来た。
コクピットのディスプレイに通話ウィンドウが開く。
「こちらメイプル2、ジョディ・ライマー少尉です!
これより援護します!」
パステルピンクの髪、明るい声、黄色いリボン、それは間違いなくジョディだった。

「ジョディー!!」
ミィニャが歓声を上げる。
「ジョディ……大丈夫なのか……?」
カケルが震える声で尋ねる。
「カケル、さっきはごめんね。話は後。
Lユニットを装備してきたから機体制御をリンク・スレーブにして!」
「Lユニット……リンク・システムで戦うつもりか?」
「そう。私は混血でもボスコニアンだから操縦の方は私に適性がある事は知っているでしょう?私が操縦は行うからカケルはガンナー(射手)に徹して!」

リンク・システム、それは二機の航宙機の操縦・攻撃系統を一元化し、高速で連携攻撃させる事を可能にするシステムである。
現在のU.G.S.F.の航宙機にも備わっているが、その航宙機側の挙動を操るマスター側の機能は一部の高機能航宙機を除き、Lユニットを装備させる必要がある上、マスター側の操作負荷も高く、ジオキャリバーでの運用例はほぼ無いに等しい。
しかし、ここでジョディがリンク・システムを使いこなせばゲイレルルの殲滅は難しくとも撤退に追い込む事は出来る可能性は充分ある。

「判った。ジョディ。
リンクシステム・スレーブモードへ。ユーハブコントロール!」
「了解、アイハブコントロール!」

旗艦・ラベンダーのブリッジはどよめいていた。
ジオキャリバーがリンク・システムを使い前例のない連携攻撃を始めたからである。
二機一組でリンク・システムを使い連携攻撃を行った前例そのものはある。
かつて、7世紀前に発生したギャラガ戦役において、ファイタースタイル航宙機
【GFX-D002・ファイター】がデュアル・ファイター・モードという形で二機がリンク・システムで連携攻撃を行い、敵対勢力【ギャラガ】に圧倒的優位に立ち勝利を収めたという記録はU.G.S.F.の多くの軍人が知る所ではあった。

しかし、量産機として運用するソードスタイル航宙機【ジオキャリバー・シリーズ】では消費するエネルギーの問題や操縦負荷の問題で装備は暫定的な物であり、実戦での運用は皆無だったのだ。
その操縦負荷の壁をボスコニアンの血を引くパイロットが地球人よりも勝る空間認識能力と反応速度で打ち破り、制御し、敵を圧倒していると言うのは奇跡だった。

「司令、これは……」
アリスが尋ねる。
「デュアル・ファイター・モードをジオキャリバーでやらせる。
デュアル・アタッカー・モードとでもいった所かな。
混血とはいえボスコニアンなら使いこなせるのではないかと思い、マスターモードの機能とキャパシタの機能を兼ねそろえるリンク・システムユニットを事前に用意しておいたのが役に立った」

スコールは艦内の戦術パネルを見やると効果は絶大だった。
ゲイレルルの大編隊の外側を大きくバレルロールでカケル機を誘導しつつ回避運動するジョディ機のコントロール下で、ガンナーに徹するカケルは敵大編隊の外側から内側に向かって正確な射撃を撃ち込み次々と敵機を撃墜していく。

その一方で、カケルとジョディは悲鳴を上げる自分の身体を必死になだめすかしながら戦っていた。
リンクモードで算出される立体機動は極めて正確かつ効果的な物であったが、アサルトシース装備時程ではないが猛烈な速度で機敏な動きを取る為、そのGは並大抵の物ではなかった。
混血故、純血のボスコニアン程ではないが地球人以上の空間認識能力や身体能力を持つジョディだからこそ、このリンクシステムで機動し、更にカケルのジオキャリバーをも射撃に最適な位置と角度が取れるようにコントロールし続けることが出来たが、徐々に意識が薄れ始めていくのを感じていた。

そしてそれはカケルも同様だった。
リンクシステムで指示される通り攻撃を続けるも、そのトリガーを引く指が次第に重たくなっていくのを感じていた。
(これだけやっても……だめなのか……でも、ここまできたなら……!)

カケルはもういつ命が尽きても良いという思いで次々と敵を照準に合わせ、撃ちぬいていく。
それはジョディも同じだった。
全身の感覚がなくなりつつも、敵弾をかわしながら最適な攻撃ポジションに向けて操縦桿を操作し続けた。
更にその軌道をおいかけるようにミィニャ、ナガセ、ケインが並走し、敵機に攻撃を加えていく。

「混成部隊にばっかりに良い所持っていかれる事はないわ、私達も反撃に出るよ!」
懸命にジョディ達の更に後ろへ捻りこもうと動くゲイレルルをセイバー小隊は見逃さず、確実に撃ち落としていった。
この間15分はそこにいる全員にとって数十時間に思えるほど長い時間に感じられたが、このような猛攻に敵航空隊は押され始めた。


その後方で、他の航宙機部隊は尚も懸命に敵艦隊主力へと攻撃を仕掛けていた。
敵主力の駆逐戦列艦は数こそ多いものの、防空艦に比べれば対空攻撃能力は皆無に等しかった。
そして、ラベンダーフリートからの砲撃が敵主力艦に畳みかけるように襲い掛かり、確実に敵艦の数は減り始めていた。
先刻、メイプル小隊との演習に勝利したボスコニア国防軍のレイピア小隊は既に8隻の駆逐戦列艦を撃沈していた。
「レイピア1、FOX2!」
ジオセイバーのパーティクルキャノンが駆逐戦列艦の艦橋を撃ちぬき、艦は爆発四散した。

「ねぇ、キトリ、リリカ先輩達どこいっちゃったんだろう?」
レイピア1・キトリの僚機であるレイピア2・サラが疑問を呈する。
「そう言えば……」
キトリはジオセイバーの戦術パネルを見ると、顔色を変えた。

この戦場に更に追加投入された敵航宙機の大編隊をたった2つの航宙機隊が辛うじてこちらへの侵攻を阻止していた。
識別情報を見ると、一つはこの前演習で打ち負かしたメイプル小隊、もう一つは自分達レイピア小隊が結成時に訓練を施したセイバー小隊だった。
(先輩達が……あの不完全なボスコニアンと地球人で編成されたメイプル小隊を援護している……?)
理由は理屈としては理解できる。
今、この戦場に敵の大編隊がやってくれば防空艦の脅威はなくとも自分達が危険に晒され、敵艦隊主力の殲滅は困難になる。
自分達が今の任務に専念できるよう、あの2編隊が敵航宙機を抑えているのだろう。
しかし、自分達と同じ純血ボスコニアンの立場のセイバー小隊が何故、メイプル小隊の援護をしているのか、理解に苦しんだ。
(先輩……何故奴らを支援するんだ……?)
疑問を引きずりながらも、キトリはまた新たなターゲットに照準を合わせ、パーティクルキャノンを撃ち込む。

それから暫くしないうちに、自分達の母艦・ボスコベース・BS283から通信が入る。
「各航宙機隊へ通達。
敵戦力は撤退を開始しました。
これに呼応し、私達も撤退します。RTB」

RTB・リターントゥベース、つまり戻れと言う事だ。
随分と長い戦いだったが自分達は任務を達成した。
セイバー小隊の行動を訝しく思いながらも、レイピア小隊は母艦へと帰投していった。

「敵の航宙機が引いていく!」
ジョディは息切れしながら叫んだ。
カケルがレーダーを見ると、ゲイレルルの大編隊は気付けば相当に数を減らし、一路星系外縁に向かって飛行しはじめていた。
その先に、彼らの母艦もあるのだろう。
更に後方では、敵艦隊主力の駆逐戦列艦や、防空艦隊も縦列陣を組み最大戦速で外縁へ向かい撤退を始めていた。

「勝ったんだ……」
カケルが静かに呟く。
「うん、私達、このボスコニア共和国を、ダンデリオン恒星系を、守れたんだね……
力を貸してくれてありがとう、カケル……」
「あー!もうジョディにみんな美味しい所持っていかれちゃったー!」
ミィニャがカケルとジョディの通信に割り込んできた。
「ミィニャは一番悲鳴をあげていた気がしますが……でも、ジョディのお陰で勝てました」
ナガセがヘルメットを外し、汗をぬぐう姿が通話ウィンドウに表示される。

「なぁ、ジョディ。
どうして戻ってきてくれたんだ?」
カケルの問いにジョディが答える。
「初めて出会った時、カケルがしてくれたのと同じ。
私も、皆をここで助けなきゃ、助けたいって思ったから…」
「そうか……」
カケルは初めての出会いを思い出していた。

「それにしても、まさかリンクシステムをここまで使いこなせるなんて、ジョディも隊長も凄いですね。
私がアサルトシースを使って飛行した時間よりもずっと長い時間あの立体機動をこなしたんですから……素晴らしいパートナーシップだと思います」
「えっ」
カケルとジョディはナガセの言葉にはっとした。

この隊は結成して間もないが、確かにメイプル1の僚機であるメイプル2・ジョディは公私共に時間を共にする時間は他の隊員よりも長かった。
カケルがジョディを連れ戻そうとした時も、結局は流れに任せるような形で旗艦・ラベンダーへ連れていく形になってしまったが、それでも最後まで引っ張ったのは、最初の出会いの時からずっと、お互いが何か特別な感情を抱きつつあったのかもしれないし、だからこそ、リンクシステムでも絶妙のコンビネーションが組めたのかもしれない。
そんな事を二人は考えた。

「パートナー、か……」
ジョディは思案を巡らす。
これまでの間、カケルは常に自分の為に色々な事をしてくれた。
最初に出会った時から演習の時、そしてこの戦いでも。
それは単に戦場で僚機として組む事以上の事にも思えた。
「うん、カケルは私のパートナーだから、ね」
ジョディは少しはしゃぐような声で言った。

幕間劇

ゾ・アウスの大艦隊を撃退した夜、惑星ダンデリオンⅢ軌道ステーションにあるU.G.S.F.の大レセプションホールでは、有志達による戦勝祝勝会が開かれていた。
そこにはこの戦いに参加したU.G.S.F.とボスコニア国防軍の将兵らが集まり、立食ではあったが飲食を楽しみつつ会話に花を咲かせていた。

カケル達メイプル小隊も主催のハミルトン指令に招かれ、会場の隅から周りを見渡している。
ここにいるのが全員ではないが、これだけ多くの将兵が先の戦いに参加していたのだと思うと少し不思議な感覚に包まれる。
さて、どうしたものかとカケルは視線を左右にふっていたが、見慣れない人物が手を振っているのが見えた。

「おぉーい、メイプル小隊だろ?こっちに来てくれよ」
声をかけてきたのは、金髪長身で自分達よりも二回りほど体格の良い女性のような外観で明らかに純血ボスコニアンの兵士だ。
何故、ボスコニア国防軍の兵士がこちらを呼んでいるのか、判らなかったがカケル達はその兵士達が陣取っているテーブルへと向かった。

「来てくれてありがとう。
私はフィオナ・コートニー少尉…セイバー2だ」
金髪のボスコニアンが自己紹介する。
「で、こっちの小さいのが我らの小隊長、セイバー1、リリカ・ランドリー中尉だ」
「小さいって言うなー!」
リリカと呼ばれたパステルブルーのショートカットのボスコニアンがフィオナの腕を掴む。
「それにしても……驚いたし、感謝している。
あの時のメイプル小隊の判断がなければ、敵艦隊主力の殲滅は失敗していたからなぁ」
フィオナはそう言うと、テーブルにおかれたシャンパンのグラスを取り、一気に飲み干した。
「僕はただ、あの時そうしなければ皆が全滅してしまうと思って、咄嗟の判断を取っただけです……」

身体の大きな純血ボスコニアンを前に、カケルはおっかなびっくりで返した。
「まぁ、あのまま1小隊だけだったら確実に貴方達は全滅してたわよね」
フィオナの横でリリカはカケル達メイプル小隊を一瞥した。
「でも、ジョディがリンクシステムを使いこなすとは思わなかった。
私達がすっかりフォローに回るだけになったし、何よりも……あの子達はあの子達の任務に徹する事が出来た」
そう言ってリリカが指を刺したテーブルには、以前の演習相手だったレイピア小隊の面々が集い、食事に夢中になっていた。
「リリカ、あの子達も呼んできなよ」
フィオナがリリカの裾を引っ張る。
「え?私が?」
「お前が育てた部隊なんだし、そういうのはお前がやるんだ。メイプル小隊の方は私が呼んだだろ?」
「はーい」
そう言うとリリカは奥のテーブルへと向かい、そこの兵士達と2,3会話を交わすと戻ってきた。

そこには新たに4人の純血ボスコニアン……レイピア小隊が加わっていた。
レイピア小隊の面々は何やら気まずそうな顔をしていたが、それはメイプル小隊の面々も同じだった。
ジョディを中傷し、そして演習ではメイプル小隊を完膚なく叩き潰したレイピア小隊だ。
思わずカケルとジョディは目を反らしそうになっていた。

「ほら、貴方達言う事あるでしょ」
リリカがレイピア1・キトリを促す。
「言う事なんか別にないだろ」
キトリは口を尖らせる。
「そういう事を言うんじゃない。
メイプル小隊が敵のゲイレルルを抑えてくれなかったら、お前達は敵艦隊の攻撃に集中出来ずに下手すれば全滅していたんだぞ」
「フィオナが向き直ってキトリを諭す」
「それに、相手が誰であっても戦いに貢献した人には敬意を表するのがボスコニアンの流儀なのは、私が一番最初に教えたでしょ」
リリカがキトリをつつく。

「……ん、まぁ……この前は悪かったよ。
それにリンクシステムまで使いこなして見せてさ、それをバカにしていた私が悪かった。
ごめん」
キトリはなんとも言いづらそうな表情と声でジョディに向かって言った。
「そ、そうだよね…私も悪かった……」
他のレイピア小隊の面々も顔を反らしながらではあるが声を上げ始める。

カケルの中で、何かが溶けていく感覚が感じられた。

最初はジョディやミィニャ、ナガセらを襲い、次はジョディを中傷して来た純血ボスコニアンはカケルの中では信用できない存在だった。
しかし、リリカとフィオナのように友好的なボスコニアンもいれば、キトリもこうしてリリカの呼びかけできてジョディを認めてくれた。

カケルは集まったメンバーに向けて右腕を突き出した。
「ん?何それ?」
リリカが不思議そうな目をする。
「これ、何かを皆でやり遂げた時にはこうやって皆の拳を重ね合わせるんだ。
地球人の風習だけども」
カケルは緊張のほどけた笑顔で答えた。
「じゃあ、私も!」
ミィニャとジョディも拳を重ねる。
「では私も」
ナガセもそれに倣った。
「それじゃあ私達もやらないとな」
セイバー小隊のメンバーも同じようにして、順に拳を重ねた。

一方、レイピア小隊はきまり悪そうにしていた。
「ほら、貴方達も」
リリカが言うと、キトリも拳を重ねた。
「ま、まぁお前達がいなければあの作戦は成功しなかったしな……」
キトリが拳を重ねたのを受けて、他のレイピア小隊のメンバーらも拳を重ねた。
こうして、メイプル小隊、セイバー小隊、レイピア小隊合わせて13人が円陣を組み、拳を重ねた。

「じゃあ、みんなで」
カケルがそう言うと、重ねた腕を上に振り上げ叫んだ。
「オーッ!」
宴席で、13人の幼いパイロット達は拳を振り上げたのだった。

祝宴を終えてから、惑星ダンデリオンⅢの軌道ステーションへと帰還したラベンダーの自室でカケルは一人思案を巡らせていた
「パートナー、か……」
何を思ってジョディやリリカがその単語を使ったのか、カケルには理由が判らなかった。
確かにジョディとの出会いは普通とは言えなかったが、今の関係は同じメイプル小隊の仲間でしかなく、何か特別な関係性はないはずである。
しかし、着任早々の緊急発進をこなし、一度はU.G.S.F.から離れる事まで考えたジョディを引き留めた事、そして今日の演習で勝利する為に、並々ならぬ情熱を二人でたぎらせたのは、何らかの特別性が無いとも言い切れない。

そんな歯がゆさを胸に、カケルはジョディの事をあれこれと考え始めていた。
KIRARI店内で煌びやかな多用途宇宙服に身を包んだジョディを見て、自分が顔を赤らめていた時、ジョディは自分をどうみていたのだろうか?
唯一の居場所であったメイプル小隊から離れようとしていたジョディを引き留めた時の感情はなんだったのだろうか?

ジョディが大切な仲間の一人である事に疑いはない。
けれどもパートナー、特別な存在として意識した事は無かった。

けれども先日の模擬戦に向けて、必死になるジョディに応えるため、自分も懸命に思考を巡らせたのも事実である。
それはジョディとは離れたくないと言う思いや、ジョディの負けたくないと言う思いがあったからこそであったのもまた、事実であった。

やはり、気づかないうちにジョディは自分にとって特別な存在になりつつあるのではないだろうか。

カケルはそんな事を考えていた。

物思いにふけるカケルの意識を遮るように、タブレット型データスワローが呼び出し音を発した。
(誰だろう?)
データスワローを手に取ったカケルの目に入ったのは、ジョディからの呼び出しだった。
「もしもし、カケルだけど……どうしたの?」
突然のジョディからの呼び出しに動揺を隠せないままカケルは通話に応じた。
「ねぇ、カケル。まだ私言えていない事があって……」
ジョディは少しはにかみながら話を始めた。
「この前は、ありがとう。カケルが手を引いてくれなかったら、私はもうダメになっていた。
でも、カケルと一緒にいて、一緒に戦ってこれたから、私は私でいられるようになったの。
ねぇ、一つお願いしていい?」
「何を?」
カケルは高揚しながら答える
「戦闘の時だけじゃなくて、これからもいつまでも、私のパートナーでいて欲しいの」
しばし沈黙が流れる。
そのジョディの言葉が何を意味するのか、カケルはおぼろげながらも把握してはいた。
「うん、勿論だとも、僕とジョディはパートナーだ」
「ありがとう!それじゃあね!」
ジョディは一瞬にして笑顔になると、データスワローの通話を切断した。

「パートナー、か……」
カケルは暫くの間データスワローを眺めていた。

消え失せた希望と一つの覚悟

ボスコニア国防軍の幹部官舎の最上階、そこはクレア・ヤ―ネフェルト少将の為に用意されたコンドミニアムだった。
決して煌びやかではないが、シックで格調高い木製のインテリアでまとめられた部屋はある種の高い品位を保っていた。
クレアはソファーに腰かけるとリモコンでテーブルの上のデータスワローを立ち上げた。
『38件の重要通知が届いています』
機械的な声が部屋に響く。

ピッ、ピッ、冷たい電子音と共にデータスワローのダイレクトメッセージクライアントにあるタブがリモコン操作で切り替わり、次々とノイズの混じったビデオメッセージを映し出した。

ビデオメッセージに映し出された部屋はシングルベッド1つがやっと入るかの広さで、窓のサッシは錆に侵食され、部屋の外が見えてしまうほどだった。
部屋に置かれた古びたベッドは、マットのスプリングが大きく歪み、捩じれ、黄土色のシミがつき、ベッドカバーも枕も敷物も無かった。
ベッドマットの上では一人のボスコニアンが小声で録画端末に向かって現状を語り始める。
「ボスコニア共和国に来れば、綺麗で明るい街で楽しく暮らせるとあの人達は言っていました。
でも私達がいるのは首都から遠く離れたこの暗く寒い鉱山惑星で、3時間眠る事しか許されず、後はずっと働くばかりです。
防寒具もなく、寒い部屋でどうして3時間眠る事が出来るのでしょうか?
先日、私の友達が死にました。酷い栄養失調と過労でしたが、この鉱山の管理者達は私達が友達を医務室に運び込む事すら許さず、作業現場で私の名前を呼びながら死んでいきました」
そのボスコニアンは視線を反らし、強く歯を食いしばった。
そこで1通目のビデオメッセージが途切れた。
「ここで働けば給与という物が支払われ、やがて首都で明るい生活が出来ると管理者たちは言いましたが、その約束された給与と言う物も初めて聞かされた額面の10分の1、月に1度来る首都行きのフェリー代にもなりません。
お願いします、クレアさん。私達を助けてください!」
2通目のビデオメッセージが途切れ、3通目のビデオメッセージが開かれた。
同じような部屋で、更に幼いボスコニアンが空腹と寒さを訴え、クレアに助けを求めている内容だった。
クレアは全てのビデオメッセージを読み終わると、データスワロー内の通信クライアントを立ち上げ、連絡先を『ジョン・トヨトミ・ゴールドマン議長』に設定し通話呼出をかける。
暫くすると、データスワローにゴールドマン議長の顔が表示された。

「議長、この1年多くの情報をありがとうございました。私は決起する覚悟を決めました」
「そうですか……舞台は整いました。後は貴方達の行動次第です」
ゴールドマン議長は執務室の壁にかけられた大型スクリーンを眺めながら微笑んだ。
「議長の心尽くしに感謝します。
革命の成功後、またお会いしましょう」
ボスコニア国防軍のクレア・ヤーネフェルト少将はそう言うと敬礼し、スクリーンから姿を消した。
ブラックアウトしたスクリーンを眺めながらゴールドマンは静かに呟いた。

「彼女達の革命など成功しない。ただ母国をいたずらに焦土へ変えるだけにすぎん……
自らの無能を母国へ責任転嫁してきただけの子供が、幸せになれる訳が無い。
そして、焼け落ちたボスコニア共和国の星々を支配するのは……」

ゴールドマンは机の星図表を見下ろす。

「ゼネラルリソース……いや、この私だ。
ボスコニアン達は銀河連邦から離脱し、その跡地は我々の物になる。
元々地球人とボスコニアンの共存等、あり得ないのだから……」

ゴールドマンはそう言うと、キャビアを乗せたクラッカーを口へ運んだ。

翳る楽園

模擬戦から一カ月経った惑星ダンデリオンⅢの市街地は、朝からいつになくざわついていた。
普段ならファッションメーカーの新製品の広告をひっきりなしに流し続ける街頭ビジョンも今日は固い表情のニュースキャスターの姿を写し続けている。

「全ての配信コマンドを通じて、ニュース速報をお伝えしております。
本日未明、ボスコニア共和国領内の惑星フォールートにて、予てからボスコニア共和国の銀河連邦離脱を主張していた過激派グループ、アルク解放戦線によって大規模な軍事クーデターが発生しました」

「アルク解放戦線のスポークスマンは『既に惑星フォールートは完全に我々の支配下にあり、周辺の惑星も間もなく制圧出来る』また『ボスコニア共和国の政権移譲と銀河連邦離脱が72時間以内に行われない場合、ダンデリオン恒星系、及びボスコニア共和国首都への全面無差別攻撃を加える』と声明を出しており、銀河連邦の消息筋によると、現在ボスコニア共和国が受け入れている汎ボスコニア諸族の新移民が安価な労働力や兵員の調達先となっていると言う境遇への不満が爆発した物である可能性があるとしております」

「近年、惑星フォールートでは新たに移民として受け入れられた汎ボスコニアン諸族の多くがこの惑星周辺のアステロイドベルトでレアメタルの採掘に従事しておりましたが、その環境は劣悪な上、去る10日にも大規模な事故で多くの労働者が死傷しており、これが引き金になった可能性が高いと専門家から指摘されています。
次に、新たに入った情報によりますと……」

一方、連邦首星ガイアの大邸宅ではゴールドマン議長がリビングルームの壁面に掲げられた大画面のデータスワローで同じニュースを見ていた。
「愚かな奴らだ……己の無能を他人のせいにし、喚いてばかりか」
ゴールドマンはそう言うと黒光りするキャビアを乗せたバゲットを齧った。
ニュース番組は惑星ダンデリオンⅢのウェスト・タケシタ・シティからのライブ中継に切り替わり、普段とは全く違う光景を映し出している。
レポーターは後ろを指さし、興奮気味に現地の状況を説明していた。

「ご覧になれますでしょうか?
ポスト・ボスコニア・カルチャーの象徴だった【KIRARI】の本社ビル前では、ビルを占拠した暴徒と治安部隊の睨み合いが今も続いております。
この暴徒は近年ボスコニア共和国に帰化した純血種のボスコニアンで占められており、アルク解放戦線の蜂起を支持するとして、ボスコニアン国家でありながら銀河人(地球人)からの搾取と同化政策の強要をする政府との徹底抗戦を主張しております。
また、治安当局の話によりますと、こうした暴動が共和国の各地で発生しており、かつ暴徒は重火器で武装している為、早急な鎮圧は困難との事です」
暴徒達は【我々は奴隷ではない】と書かれたプラカードを掲げた者も居れば、アサルトライフルや機関銃で武装した者もおり、徹底抗戦の意志を示していた。
かつて、ジョディ達が思い思いのデザインで飾った多用途宇宙服を受け取った【KIRARI】本社ビルからは煙が立ち込め、激しい銃撃戦によって外壁は剥がれ落ち、その美しい面影は既に失われている。
その光景は、定期パトロール任務中だったラベンダーフリートの旗艦、ラベンダーの居住エリアに設けられた大ホールのスクリーンにも映し出されていた。

「只今、アルク解放戦線の指導者による一斉演説が配信される模様です。
当チャンネルではこの演説を無検閲でご覧頂きます!」
アナウンサーの声と共に画面が切り替わる。

モニターにはボスコニア国防軍で航宙機師団を率いていたクレア・ヤ―ネフェルト少将の姿が映っていた。

「ボスコニア共和国の諸君、そして全てのボスコニアン氏族諸君!
私はボスコニア国防軍元少将……現アルク解放戦線総司令官クレア・ヤ―ネフェルトである!
長年、ボスコニア共和国は成立後、表向きはボスコニアンのボスコニアンによる国家を標榜して来た。
しかし、その現実は疲弊した多くのボスコニアン諸族を搾取する為の装置に過ぎなかった!
ボスコニア共和国大統領ニムエ・S・ヤーネフェルトは元々ボスコニアン諸族の一派に過ぎない自らの氏族を繁栄させる為、ギャラクシアン(銀河人)達と共謀し、他の汎ボスコニアン諸族に対し、停戦と自国への受け入れを主張したが、その実体は受け入れた諸族へ満足な教育も、生活基盤も与える事なく、受け入れられればそれで良しとして、二等市民として遇し、過酷かつ劣悪な環境での労働に従事させ、またある者は国防軍においても悪戯に使い捨ての戦力として扱ってきた!
そして、この共和国の姿勢は今なお、正される事なく、ただ安い命を得る為だけに次々と汎ボスコニアン諸族を受け入れ、その命は浪費されている!
このヤーネフェルト氏族による罪の贖いを私、クレア・ヤーネフェルトが行う為、数多くの同志達と今、行おうとしている!
この罪の連鎖を今も続けるボスコニア政府は直ちに我々へ政権を移譲し、今も尚苦境に喘ぐこの国の汎ボスコニアン諸族を解放する我々の革命に協力する事を要求する。
それを拒むのであれば、我々アルク解放戦線はボスコニア共和国の星々を尽く焦土にする事をここに宣言する!
これはボスコニア首星ダンデリオンに対しても同様である!」

誰もがその演説を食い入るように見ていた。

「酷い……」
ジョディは両手で顔を抑えている。
カケルがジョディの肩を抱き寄せて撫でている横で、ケインは神妙な顔でスクリーンを睨みつけていた。
「ねぇ、皆……おかしくない?」
ケインが振り返り、スクリーン前で立ち尽くすメイプル小隊の面々に語りかけた。
「おかしいとは、どういう事でしょうか?」
ナガセが視線をケインへと向ける。
「フォールートでのクーデターが起きて、まだ数時間しか経っていない。
幾ら純血のボスコニアン……ジアラ・ボスコニアンの抱えていた不満が爆発したからと言って、これだけ短い時間で、それに呼応する形で共和国のほぼ全域で暴動が起きている。
そればかりか、今まで反政府組織の摘発には積極的だったボスコニア国防軍も今回は及び腰で事態の収拾が進んでいない。
そしてクーデターを起こしたアルク解放戦線はともかく、何故突発的に現れた暴徒達が揃いも揃ってすぐ重火器で武装する事が出来たのか。
あまりにも出来過ぎていない?」
「……確かにそうですね。事の運びがあまりにも急すぎると言う点は気になっていました」
ナガセは頷きながら答える。
「ねぇ、だとしたら……アルクの奴らって、ずっと前から武器を準備してばら撒いていたのかな?」
ミィニャがケインとナガセの間に割って入る。
「でも、その武器の調達はどこから……?」
カケルが訝しがった。
「惑星フォールートは、資源採掘だけではなく、ゼネラルやニューコムの兵器工場も集中していましたし、その兵器を受領する為にボスコニア国防軍の輸送船団も詰めていました。
そして……この前のレイピア小隊の件もそうですが、国防軍の中には彼らの思想に同調する土壌は出来上がっていたのではないかと……そう考えれば辻褄は合いませんか?」

ナガセの考察は十分説得力があったと共に、それが最悪の事態でもある事も示していた。
これが事実なのであれば、国防軍の中からも既にクーデターに合流した戦力があるのは間違いないだろう。
不意に、艦内放送のアナウンスが流れた。
「メイプル小隊に告ぐ、直ちに作戦会議室に集合せよ」
それはハミルトン指令の声だった。

「メイプル小隊、只今参りました」
カケル達が敬礼し作戦会議室に入ると、ハミルトン指令は険しい表情で資料を読んでいたが、彼らの到着に気付くとすぐにハンディタイプのデータスワローを机に置くと向き直って話を始めた。

「揃ったな。既に状況は判っていると思うが、惑星フォールートで発生したクーデターはボスコニア共和国全域に波及している。その上で今、新たな情報が入った。
今回のクーデターの首謀者、アルク解放戦線を操っていたのはボスコニア国防軍内の急進派勢力だ。
彼らは数年前から蜂起の準備を進めていて、ボスコニア共和国内で影響力を得ようとしていたゼネラルリソース社からの支援を得て武器を調達し、そして共和国の現状に不満を持つ純血のボスコニアン達へ軍事訓練を施し、その戦力を構築していた。
元々、ボスコニア共和国は外宇宙種族の情報に詳しいニューコム社が銀河連邦と人類共存派のボスコニアン達を仲介して成立した国で、その市場にゼネラルリソースが入り込む隙間は殆ど無かった。
しかし、今回のクーデターが仮に成功し、現在のボスコニア共和国が解体され、新国家として生まれ変わった暁には、国の産業はニューコム社では無くゼネラルリソース社が独占する、と言う筋書になっているのだろう。
と、経済の話はここまでにして、もっと厄介な事態が既に起きている。
これまで裏で動いていたボスコニア国防軍内の急進派は既にアルク解放戦線に合流してしまっている。
敵の戦力は増えた一方で、国防軍の戦力は低下してしまった。
さらに急進派どもはゼネラルリソース製の規格外大型兵器を持ち出したと言う情報もある」

ハミルトンがデータスワローのタッチパネルを弾くと、会議室の大型モニターには六角形の巨大な船体が表示された。

「奴らが持ち出したのは惑星爆撃プラットフォーム・プラネットバスターだ。
名前の通り、こいつは惑星爆撃用の無人機を満載し、人口密集地を狙って爆撃する惑星殲滅兵器だ。
ボスコニア国防軍はこれをもともと防衛兵器として転用する為、惑星爆撃用の無人機ではなく汎用無人機を搭載して運用する予定だったが、実際にはそのような置き換えは行われていない。
急進派の裏工作で、惑星爆撃能力を取り除かないままになっていた物が持ち出された。
つまり、奴らはその気になればボスコニア共和国の各惑星を無差別空爆する事も出来る。
そうすれば共和国の乗っ取りも容易になる上、銀河連邦諸国への抑止力として見せつける事も出来る。
全く上手く考えたものだ」

「それで、どのような作戦を取られるのですか?」
ナガセの問いに、ハミルトンは言い辛そうな表情をしながらも答えた。
「本来、こういうデカブツのENDフィールドは密度もある為、航宙機の編隊でフィールドを中和して潜り込み攻撃するのが筋だが、こいつは170層の装甲板の間にまでENDフィールドを展開するよう改造されているという情報も有る。
通常の攻撃で倒すのは無理だ。
そこで諸君らのジオキャリバーMD900には新型の重装備型キャリバーシースを装着し、光子魚雷や高出力パーティクルキャノン、高密度ENDフィールド展開装置を搭載させ、目標へ強行接近、目標の推進装置であるダイレクト・ディアスタシオン・ドライブへ近接攻撃を仕掛けて無力化を図る。
極めて危険な方法だが、これまでの戦歴と現状を踏まえ、最も有効な手段だ」

ハミルトン指令は一呼吸置いてカケルやジョディ、ミィニャ、ナガセへと目線を向ける。

『了解!』
メイプル小隊の全員は異口同音に答えた。

決戦

「よし、これでOK」
旗艦ラベンダーのカタパルトデッキでカケル達はL.S.U.S.に着替えると、最後に気密モードへの切り替えを行っていた。
一方、カタパルトではジオキャリバーMD900に巨大な推進装置と重火器を満載したキャリバーシースを接続する作業が行われていた。
パイロットとしての教練だけではなくメカニックとしての教練を受けていたケインは、艦のメカニックチームに混ざり、4機のジオキャリバーへキャリバーシースを急ピッチで接続させる為に走り回っていた。
ジョディ、ミィニャ、ナガセはL.S.U.S.に着替えてはいたが、ヘルメットをまだ装着せず、不安な表情を浮かべて俯いていた。

当然の事だろう。
クーデターとはいえ、同じボスコニアン同士で戦争をしなければならなくなったのだ。
国防軍にも動揺が広がっている現状で幼い3人が不安を覚えるのは当然であろう。
そんな時、地球人種のカケルが何を言っても気休めにしかならない事は判り切っていた。

アルク解放戦線はこの国そのものを粛清するつもりなのだ。
人類とボスコニアン諸族の共存の地を名乗りつつ、その影で命の浪費をし続けたこの国の罪を償わせようとしている。
クレアの主張が事実なのであれば、このような動きが起こるのは必然かもしれない。
それを鎮圧しようとする自分達にどれ程の大義があると言うのか。
単に、軍人としての任務として処理するには手に余る問題だった。

「……皆一緒だと思ってたのに……どうしてそこまで憎むの……」
泣き声に気付いたカケルが振り返ると、ミィニャがその場で崩れ落ちて泣いていた。
ナガセは黙ってミィニャの隣に座り、両肩を抑えていた。
ジョディも立ち尽くしたままうつむいて、涙を堪え震えていた。
「みんな……」
カケルはジョディを抱き寄せて背中をさすった。

「みんな、奴らの憎しみに負けたらダメだ。ダメなんだよ……」
必死に恐怖心を抑え込みながらカケルは言った。
「クレアが言う通り、この国の影でこんな事が起きていたのなら、確かにそれは正さないといけない。
だからといって、多くの人々が住む星を焦土にするような真似は放って置く訳にはいかない。
それは罪滅ぼしなんかじゃなくて、ただ怒りにまかせた虐殺だ。
こんな事はやめさせなきゃいけないんだ。
だから行こう、これからのボスコニアの未来の為にも……」

普段、感情的になりがちなカケルが懸命に感情を抑え、可能な限り冷静に考えた結果を腹の底から絞りだしていた。
ミィニャとナガセも顔を上げ、カケルの言葉に耳を傾けていた。

「その通りだ」
4人の後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこにはハミルトン指令が居た。
「どのような理由であれ、彼らのしている事はテロであり、虐殺に他ならない。
まして、この事態を見過ごせば、ボスコニアンとギャラクシアン双方に遺恨を残し、二度と共存は出来なくなるだろう」

「はい……」
カケルは静かに頷いた。
「うん……」
ジョディもカケルに預けていた身体を持ち上げ、答えた。

「お前たちにとって、同じ星に住む同胞との戦いは荷が重いだろうと心配してきてみたが、大丈夫そうだな」
「勿論!こんな事、させちゃいけないよ!」
ハミルトンの問いに、ミィニャが立ち上がって答える。
「私も同感です」
ナガセがミィニャに続いて立ち上がる。

「ジオキャリバーMD900、全機キャリバーシース接続完了!」
ケインの声がデッキに響き渡る。
「よし、総員直ちにジオキャリバーへ搭乗、出撃は追って指示する!」
ハミルトンの命令に4人は敬礼を返し、ジオキャリバーへと駆け出して行った。

「全員、いつでも出られるように準備を開始!」
カケルの指示に従いジョディ、ミィニャ、ナガセはコクピットのパネルを操作する。

「電子装備自己診断プログラム動作状況チェック」
『チェック!』
「兵装管理システム自己診断プログラム動作状況チェック」
『チェック!』
「アビオニクス及びジェネレーター自己診断プログラム動作状況チェック」
『チェック!』
「生命維持装置自己診断プログラム動作状況チェック」
『チェック!』
「発進準備完了!」
『発進準備完了!』
メイプル小隊全員の声がL.S.U.S.のイヤホンに響く。

「メイプル小隊、聞こえるか。ハミルトンだ」
ジオキャリバーMD900のHUDに通信ウィンドウが開いた。
「はい、感度良好!」
カケルが答える。
「現在入った情報によると、敵は戦闘艦、航宙機母艦合わせて200隻、更に火力の高い外宇宙艦隊仕様の艦が40隻、それに加えてプラネットバスターを伴い、ボスコニア首星ダンデリオンを第一の目標として現在侵攻中との事だ。
我々はこれよりダンデリオンⅢ衛星軌道へ向かい、ボスコニア国防軍及びU.G.S.F.の駐留艦隊と合流し、敵のダンデリオンⅢ及びダンデリオンへの無差別爆撃を阻止する。
合流後、諸君らは直ちに出撃し、敵のプラネットバスターを撃破せよ。
そしてもう一つ……必ず全員生還せよ。以上だ」
『了解!』
5人は迷うことなく答えた。

「総員、戦闘体制!」
再び艦内アナウンスが聞こえたかと思うと、艦に激しい衝撃が幾度となく走った。

「敵艦隊からの砲撃が命中!E.N.D.フィールド消失率20%、まだ許容範囲内です」
艦橋ではアリスがハミルトンに状況を報告していた。
「応戦せよ!全武装一斉射!メイプル小隊を出せ!」

「了解、メイプル小隊、発進せよ!」
『了解!!』

旗艦ラベンダーのカタパルトデッキが開放され、4機のジオキャリバーMD900は次々と射出されていった……

機内の全天球スクリーンに映し出された光景にカケルは息を呑んだ。
漆黒の宇宙に広がる光点、それは敵の大艦隊だった。
眼下には惑星ダンデリオンⅢの青い大気圏が広がり、正にここが敵とこの星を隔てる最後の壁である事を実感させる。
先行したU.G.S.F.とボスコニア国防軍の戦闘艦や航宙機がクーデター軍との戦闘を繰り広げている事から、宇宙空間には幾度となく爆発光が生まれては消えを繰り返している。

その状況に恐れとも緊張とも付かない感情が湧きあがり、カケルの手は震えたが、そんな感覚に浸っている事を状況は許さなかった。
けたたましい警告音とロックオン警報サインが同時に機内を埋め尽くす。
反射的にカケルはスラスターを最大出力に上げ、大きく円を描くようにバレルロールを取って回避する。

「こちらメイプル1、皆無事か!?」
「メイプル2、問題なし!」
「メイプル3、生きてるよー!」
「メイプル4、問題ありません」

チームメイト達の返信に安堵するのもつかのま、旗艦ラベンダーからの通信が入る。
声の主は勿論ハミルトン司令だ。

「メイプル小隊の諸君、見ての通り、あまり時間がない。
敵艦隊とプラネットバスターは、じきにダンデリオンⅢの静止軌道上に達する。
それまでに爆撃を阻止しなければならない。
これより、ラベンダーは各艦隊と連動し、敵艦隊の中央に一斉砲撃を開始する。
敵の動きが止まる一瞬を突いて、後方に位置するプラネットバスターを攻撃してくれ。
但し、プラネットバスター周辺には対空攻撃に特化した護衛艦が多数存在する。
敵の防空射撃が始まる前にキャリバーシースに搭載したパーティクルキャノンでこれを排除し防空網を突破せよ。頼んだぞ!」
『ラジャー!』
「全艦、全武装ハルマゲドンモードに切り替え、目標、敵艦隊中央、攻撃開始!」

ハミルトンの指示と共にボスコニア国防軍、U.G.S.F.艦隊の全火器が一斉に火を吹いた。
虚空に吸い込まれていった閃光は暫くすると敵艦隊の壁を突き破り、大爆発を起こした。

「いくぞ、メイプル小隊、全機続け!」
カケル達のジオキャリバーMD900はメインスラスターとキャリバーシースに装着された大型ブースターの出力を限界まで上げ、敵艦隊へと飛び込んでいった。

前方にはクーデター軍が多数持ち出した500mクラスの内宇宙艦隊仕様のガードシップやコルベットが展開していた。
防御戦闘に特化されたこの小型艦達は対艦戦闘能力こそ低い物の、防空能力は外宇宙艦隊仕様の大型艦同様の防空兵器を多数装備している。
ロックオン警報が全機のコクピットに鳴り響き、モニターは敵の対空ミサイル軌道を示すマーカーで埋め尽くされる。

「皆さん進路を開けてください。私が迎撃ミサイルで全て撃ち落とします」
ナガセの落ち着き払った声が全員の無線に伝達される。
「メイプル4、FOX3!」
ナガセのジオキャリバーに接続されたキャリバーシースからマイクロミサイルが無数に放たれ、敵の対空ミサイルを残らず撃ち落とす。
「やったぁ!すごい!」
ミィニャが歓声を上げた。
「更に前方のガードシップがパーティクルキャノンの発射準備に入ったよ!」
ミィニャが叫ぶ。
「落ち着け、全機密集陣形、E.N.D.フィールドを集約させて弾く!」
カケルの指示に合わせて4機のジオキャリバーが密集態勢を取る。
「僕はNサーフェスを前方に展開する。ジョディ、ミィニャ、ナガセは僕の前にEサーフェスを展開して!」
本来、航宙機の持つENDフィールドは敵航宙機の攻撃を弾くのが精いっぱいだ。
しかし、相手が小型艦かつ、キャリバーシースで出力を向上させたジオキャリバーMD900の高出力フィールドを密集させればガードシップ程度の攻撃は無効化させる事は可能だった。
「着弾!」
カケルが叫ぶとともに4人の機体は激しく揺れた。
「んんっ!!」
ジョディは恐怖感から思わず声を上げる。

「全機機体損傷を確認!」
「こちらジョディ!メイプル2問題なし!」
「こちらミィニャ、こっちも大丈夫!」
「こちらナガセ、メイプル4異常ありません!」
全員のジオキャリバーMD900は敵のパーティクルキャノンを完全に弾き飛ばしたのだ。

「反撃に移るぞ、このまま全力で直進しながら前方の艦に砲撃を加える!」
『FOX2!FOX2!』
メイプル小隊のジオキャリバーMD900は次々とキャリバーシースから一本突き出した巨大なパーティクルキャノンを連射する。
たちまち、進路上やその付近のガードシップやコルベットは次々に火球と化した。
「メイプル小隊、敵の第一陣を突破しました」
旗艦ラベンダーの艦橋でアリスはレーダーを見ながら報告を上げた。
「問題はこの先の第二陣だ……そこにいる外宇宙艦隊仕様の護衛艦は今までの小型艦よりも火力、防御力も数段上だ……」
ハミルトンは腕を組み唸った。

「新たな艦影を確認、全て外宇宙艦隊仕様の護衛艦です」
ナガセが静かに伝えた情報は、メイプル小隊に取って有り難くない報告だった。
全長800mに達する護衛艦がぐるりとプラネットバスターを取り囲んでいる。
「奴の防御は固い!全機、集中攻撃で一隻ずつ落とす!パーティクルキャノン発射用意!」
『ラジャー!』
4機のジオキャリバーは一斉に砲口を敵の護衛艦に向けたその時だった。
「新たな機影を確認!護衛艦がA.R.M.を射出!」
ジョディの声に全員は青ざめた。
A.R.M.それは護衛艦等が搭載する対空無人機である。
縦横無尽に動き回り、航宙機を自動的に撃ち落とす高性能迎撃システムが既にメイプル小隊を完全に囲んでいた。
(先手を取られてしまった……!)

カケルは思考を巡らせた。
どれだけ高性能でも親機である護衛艦を落とされればA.R.M.は停止する。
だが、残る数十隻の護衛艦も同様にA.R.M.を搭載しているとすればそれらの攻撃を全て回避しプラネットバスターを有効射程距離に収めるのは至難の業だ。

その時だった。
激しい閃光が全天球スクリーンを覆う。
「ここまでか、やられたのか……」
カケル達の予測は違っていた。
先ほどまで動いていたはずのA.R.M.が全て動きを止めていた。

「間に合ったようだね!」
メイプル小隊のジオキャリバーに聞きなれた声が無線で飛び込んできた。
青いショートカットのボスコニアン……セイバー小隊のリリカ・ランドリー隊長だった。
「メイプル小隊の皆、たった今敵に電子装備妨害ミサイルを撃ち込んでやった!」
「残りの護衛艦とA.R.M.は私達がどうにかする。後は任せたよ!」
リリカの僚機、金髪長身のフィオナ・コートニーがモニター越しにVサインを見せた。
「おい、地球人!弱虫ジョディ達を連れて急いで先に行け!」
更にレイピア小隊のキトリが通話モニターに顔を出した。

「援護に感謝します!」
「よし、急げ!」
カケルとリリカはモニター越しにサムズアップをして見せると、再び機体を加速させた。
一方、動きを取り戻した護衛艦とA.R.M.が後方に飛び去るメイプル小隊を狙おうとしている。
「お前達の相手は私達だよ!レイピア1、FOX3!」
キトリのジオセイバーが放ったマイクロミサイルが一斉に周辺のA.R.M.を薙ぎ払っていく。
「リリカ!援護お願い!」
キトリの叫び声と共にリリカとフィオナ、そしてキトリ達のジオセイバーは護衛艦本体へと急接近していく。
「セイバー1、FOX2!」
「セイバー2、FOX2!」
「レイピア1、FOX2!」
次々とジオセイバーは護衛艦の死角から荷電粒子砲を浴びせた。

「凄い、護衛艦が次々に……」
ジョディは全天球スクリーンの背部から護衛艦の轟沈による閃光を繰り返してみていた。
「援護を無駄にするな!このままプラネットバスターの下部に回り込む!
そうしたら光子魚雷をありったけ叩きこめ!」
『ラジャー!』
メイプル小隊のジオキャリバーMD900は護衛艦による必死の攻撃を避けつつ、遂にプラネットバスターの本体へ肉薄した。
「大きい……本当に倒せるのかな……」
1万メートル超級の威容を目にし、ミィニャが呟いた。
「計算上はこの推進装置だけでも破壊すればプラネットバスターは能力を喪失します」
ナガセが静かに答えた。

すぅ……と緊張に高鳴る心臓を抑え込むように深呼吸をしたカケルが叫ぶ。
「全機、光子魚雷1番から4番まで装填、目標、プラネットバスター下部推進ユニット!」
『FOX2!!』

光子魚雷が輝きながら次々とプラネットバスターへと吸い込まれていく。

……それから数秒後、白い閃光にプラネットバスターは呑み込まれていった……

 

 

 

 

星降る宙のダンデリオン

アルク解放戦線との戦闘から二日後の夜、惑星ダンデリオンⅢの市街地を一望する小高い丘の上で、カケルとジョディは空を眺めていた。
「綺麗な夜空だね……ほんの少し前まで、あそこで戦争をしていたなんて」
「うん……あの宇宙での戦いは終わったけれども……」
「けれども?」
ジョディはカケルの顔を覗き込んだ。
「このボスコニア共和国が受け入れてきた大勢のボスコニアン達はどうなるんだろう。
クーデターで初めてあの人達の境遇は明らかになって、銀河連邦も重い腰を上げて改善の為の調査に乗り出すとは言っているけど、この戦いで大勢の人達が死んで、傷ついて、そしてボスコニアン同士の関係も複雑になってきてしまっている。
僕達のした事はハミルトン司令の言う通り、正しかったのかなって」
夜風が私服姿のカケルとジョディを撫で、ジョディのポニーテールが大きく揺れていた。
「その為の、ラベンダー・フリートでしょ?」
ジョディが少し笑みを浮かべた。
「地球人も、ボスコニアンも、同じ目標の為、手を取り合えるという事を証明する為の艦隊。
だからこそ、そこにいる私達がこれからもそれを証明していくんだよ、これからも」
「そう言えば、艦隊の役割はそういう事だって司令も言ってたっけ…」
カケルは配備された時に受けた最初の説明を忘れていた事を思いだし、照れ隠しに視線を真上に向けた。
青白く瞬く星々が闇を照らしているのを見たカケルは、恥ずかしさを一瞬で忘れそうになっている。

「それに、私とカケルはパートナーなんだから、これからもずっとこの艦隊で頑張らなきゃ」 悪戯っぽく微笑むジョディに、カケルは振りむいた。
「ねぇ、カケル。リリカ隊長の言葉、覚えてる?」
「うん……」
顔を赤らめ、俯くカケルにジョディは近づいた。
「カケル、お願いがあるの。
この部隊のパートナーとしてだけじゃなくて、これからずっと、いつでも、いつまでも私のパートナーでいて欲しいの。お願い」

カケルは少し黙りながら、ジョディを見つめた。
ジョディがゆっくりと目を閉じる。
「その答は……」
カケルの両腕がジョディの躰をしっかりと抱きしめた。
二つの影が一つになる。
そしてカケルとジョディの唇が静かに重なった。
先の戦いで発生したデブリが流星となって、惑星ダンデリオンⅢの夜空を駆け抜けていく。
それは、まるで二人を祝福するかのような宙の宝石であった。

星降る宙のダンデリオン 了

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脚注

◆ ラベンダー・フリートの制服について

ラベンダー・フリートはU.G.S.F.でも正規戦力ではなく、特務部隊(SAT)という性質上、その制服についても2900年代のU.G.S.F.軍服(U.G.S.F.2900モデル)ではなく、2243年に実施された作戦、プロジェクト・ドラグーン及びオペレーション・キャノンシードデストラクションに従事した宇宙基地キリングムーンで使用されたU.G.S.F.2200モデルのデザインを流用している。

これは2243年当時に存在が公表された銀河人にとって最初の外敵である戦闘機械生命体「UIMS」に対し、挙国一致態勢で対抗した歴史的な舞台において、U.G.S.F.が当時採用していた物であり、結束と平和の象徴として連邦市民に広く知られている事からである。

ラベンダー・フリートの存在意義の一つである「銀河人とボスコニアンによる本格的な共同作戦」をアピールする上では、まさにうってつけのデザインだったとも言える。

また、膝下までを覆うケープ状の制服は外見こそ女性でありながら、その性自認の決定は本人に委ねられているボスコニアンにとってユニセックスなデザインはボスコニアン達からの支持も多い。
この事からU.G.S.F.前衛艦隊・内宇宙艦隊問わず、2988年現在再採用が検討されており、今後は隊員の任意において利用される準備が進んでいる。

キービジュアルでカケルが着用していたU.G.S.F.2200モデルの制服がややゆったりしているのは、ラベンダー・フリートにおいても当初士官学校を飛び級してくる隊員を採用する事を考慮していなかった為、やむを得ず成人用モデルを少年に着用させた為であり、後に彼のサイズに合わせた制服が支給されている。

一方のキービジュアルにてジョディが航宙機に搭乗する際に着用する多用途宇宙スーツ(L.S.U.S)のデザインは、旧ボスコニアン軍の物とも、U.G.S.F.の物とも大きく異なるカラーリングが施されている。
これは、物質の色彩を自由に変化させる事が出来る【ガーメントシステム・グレード1】がL.S.U.Sには搭載されていた事から、本人の希望するデザインを自由に反映させる事が出来た結果であり、混血化によって性別や個性という概念を取り戻し始めたジョディを始めとする混血種ボスコニアン達が当時、銀河人側の服飾デザインと文化を独自に取り込んだ結果生まれたポスト・ボスコニアンと呼ばれる文化が大きく影響しており、その象徴とも言えるパステルカラーを大胆にあしらったデザインとなっている。
このポスト・ボスコニアン文化とデザインの先駆けはボスコニア共和国在住の銀河人によって立ち上げられたデザインブランド【KIRARI】であり、このスーツのカラーパターンも同社オーナーが手がけた物によるものであることから、ジョディが新しい世代のボスコニアンである事をアピールしている。

◆ ラベンダー・フリートの存在意義とダンデリオン危機

ラベンダー・フリートは銀河人単独戦力が主流のU.G.S.F.正規戦力において、銀河人以外の種族との混成戦力が実戦に耐えうる事に求められるノウハウの収集と実用性の証明を第一義に、銀河人との混血も進み特性も銀河人と大きな差異を持たないボスコニアンと銀河人の混成艦隊として整備が進められていた。
一方、銀河連邦加盟国では唯一のボスコニアン国家であるボスコニア共和国においては、銀河人との融和と同化によって軋轢を避け、安定を望む現政権に対して、本来ボスコニアンが有していた戦闘に特化された強い遺伝子と肉体を持つ純血種からそれに近い世代の遺伝子所有者を更に増やす事で国防はもとより、銀河連邦へのプレゼンス(優位性)にする事を求める
ジアラ・ボスコニアン(純血種ボスコニアン)主義者の反発が高まっていた。
これは、民間軍事会社や傭兵派遣会社を有する巨大企業体ゼネラルリソース内部でも、戦闘に特化されたジアラ・ボスコニアンを積極的に取り込み、ボスコニアン単独で構成される戦力を整える事で連邦政府並びに他の対立企業体への対抗力にする事を期待する勢力があった為、ゼネラル系ロビイストによって盛んに行われており、ともすれば共和国へのクーデターの可能性もあった。
銀河人とボスコニアンの融和と共同作戦行動を推進するために生まれたラベンダー・フリート最初の役割は、皮肉にもこのジアラ・ボスコニアン主義者とゼネラルリソースに対する牽制と抑止となったのである。
後にボスコニア共和国の中枢であったダンデリオン恒星系における一連の出来事は【ダンデリオン危機】と呼ばれる事となる。