星降る宙のダンデリオン 試し読み
星降る宙のダンデリオン
作:storchP
2DCG:風
3DCG:yocky
プロローグ
西暦2290年、一つの戦争が終結した。
地球人を主軸とする銀河連邦と異星人種ボスコニアンの戦争は銀河連邦宇宙軍・U.G.S.F.の勝利に終わり、ボスコニアンは母星を失い、世代宇宙船ボスコベースで宇宙を漂流する難民となった。
それから200年後、困窮したボスコニアンの一派は銀河連邦と停戦条約を結び、新たな母星ダンデリオンIIIを割譲され銀河連邦構成国・ボスコニア共和国を建国。
それから400年の間にボスコニア共和国の構成人種は純血のボスコニアンよりも地球人とボスコニアンの混血四世、混血五世が圧倒的多数を占め、地球人との同化を果たした。
前後して、地球人の軍門に下る事を良しとしなかった他のボスコニアン諸族も世代宇宙船での生活が限界に達し、ボスコニア共和国への移民を始める。
こうしてボスコニア共和国には地球人・ボスコニアンと地球人の混血五世・純血のボスコニアンの3種族が同居する状態となった。
表向き、ボスコニア共和国は純血のボスコニアンを同胞として受け入れて来たものの、遺伝子操作によって性別を失った「彼女達」は地球とほぼ同化しているボスコニア共和国で生活の糧を得るのは困難であり、安い労働力としてその身を買い叩かれ、不満を募らせつつあった。
そして西暦2988年、惑星ダンデリオンIIIのUGSF士官学校で航宙機パイロットの訓練課程を終え、夕刻に行われる卒業式を前に、公園でひとときの休息を取る少年が居た。
地球人の戦災孤児、カケル・ルナーサ・ダヴェンポート中尉である。
彼が一人のボスコニアンと出会った時、物語は動き出す……
物語の始まり
吸い込まれるほどに青く、そしてまぶしい快晴は、銀河連邦内の地球型惑星でもそう滅多に見られる物ではない。
銀河連邦構成国、ボスコニア共和国首星ダンデリオンⅢ、中央都市ネオ・ヒビヤは地球の四季で言う所の春を迎え、道行く市民達は既に半袖姿であった。
やや強い日差しと海からの潮の香りがまざった風は、熱のこもった肌を心地よく涼ませ、自然と人の心を弾ませる。
郊外に位置する市民公園の広場では明るいパステルカラーのカットソーとショートパンツ姿の子供達がボールを投げたり、自転車の練習をしながら笑い声をあげ、すぐそばではその親達が談笑していた。
西暦2988年、地球発祥の人類……いわゆる銀河人達によって銀河連邦が創設され8世紀程経った今、連邦は幾つかの外宇宙種族との紛争と講和を幾度も経験しているが、連邦加入国の惑星は概ね平和であり、こうした風景もそう珍しい物ではない。
4世紀前、銀河人と激しい紛争を繰り返した外宇宙種族、ボスコニアンの一部勢力が連邦との和平交渉に応じ、連邦構成国となってから、この星は銀河人とボスコニアンの通商窓口として平和と成長を謳歌していたが、この和平交渉への道は多難に満ちた物だった。
ボスコニアンはかつて、惑星ボスコニアを首星としながらも、その多くは外宇宙の資源を求めて世代型宇宙船としての機能を有する機動要塞で銀河系各地を回遊する、宇宙における騎馬民族的な存在だった。
外見こそ銀河人類に類似する一方で、世代型宇宙船という閉鎖環境に特化する形で遺伝子改造を繰り返した結果、強い闘争本能と強靭な肉体を有する物の、原則としてクローニング……所謂人工培養によってのみ繁殖する為、女性のように見える外見からも生殖能力は失われて久しい。
元々の領土を有する銀河系の諸勢力とボスコニアンの回遊ルートはしばしば競合し、その度にボスコニアンは一切の交渉に応じず、一方的な武力行使によってその勢力を排除、資源はもとよりその勢力の持つ技術や知識も奪取した。
その極めて強い闘争本能から無慈悲な宇宙海賊、或いは狂戦士と銀河人からは揶揄された。
2182年の第一次接触と紛争から2489年の和平交渉締結に至るまで、大規模な物だけでも4度の紛争が発生し、その度にボスコニアンは銀河連邦領の惑星を焼き払い、一方、U.G.S.F.はボスコニアン達の軍事基地でもあり、帰るべき家でもあった世代型宇宙船、ボスコベースを両手でも数え切れないほど破壊し、両者の間では泥沼の戦争が繰り広げられた。
総力戦の末、2290年にはボスコニアン首星ボスコニアはU.G.S.F.のオペレーション・ファイナルブラスターによって崩壊、2459年にはボスコニアン諸国の戦力は再集結を果たすも、銀河連邦宇宙軍=U.G.S.F.による外敵一斉排除作戦……オペレーション・スターイクシオンによってその戦力の大半を消失、もはやボスコニアンは元々の生存戦略を見直さざるを得ない状況に陥り、2489年には和平交渉のテーブルに付く事を選び、銀河連邦構成国、ボスコニア共和国を建国し大半のボスコニアンがその国民となり、地球人種との共存を選んだのだった。
そして今……一度は和平交渉を受け入れなかった他の汎ボスコニアン所属についてもボスコニア共和国が仲介する形でこの惑星において和平交渉或いはボスコニア共和国への移民は継続中であり、この星の賑わいは連邦構成国の中でも郡を抜いている。
◆
そんな平和なムードとは無縁なように、広場の端では二人の少年が芝生に腰を下ろし、子供達を眺めていた。
一人はコバルトブルーに外ハネのショートヘア、パープルの瞳でやや冷たそうな雰囲気を漂わせながらも、小柄な体格と幼い顔立ちから愛らしさを感じる地球人種の少年だ。
もう一人はキタキツネを思わせる鋭いノーズに、デルタ状の耳を持ち、体を銀色の毛で覆っている外宇宙種族、ケプラー人の少年だった。
右の耳にはプラチナ色の細いリングがピアスの様に通されており、それが空から注ぐ光に反射している。
二人は子供達の明るい嬌声とは正反対に、少し俯いて、物憂げな表情で彼らを見守っている。
「カケル、そろそろ式典の時間だし、会場にいかないと」
ケプラー人はふいに立ち上がると、少年に向って促した。
しかし、カケルと呼ばれた少年は、俯いたまま動かずにいる。
「また、お姉さんの事、気にしてるの?」
問いかけに対し、カケルは静かに頷く。
「仕方がないよ、軍の命令だし。それにまた帰って来られるかも知れないしさ」
「うん……」
カケルと呼ばれた少年はゆっくりと重力に逆らうように体を起こし、立ち上がる。
ネオ・ヒビヤを照らす恒星ダンデリオンIの青白い光が目に射し込み、思わず目を細めてしまうが、すぐに彼は大きな目を開く。
そして、ケプラー人に手を差し伸べた。
「じゃあ、行こうか。ケイン」
◆
カケルとケインは、いわゆる戦災孤児だった。
二人とも物心付いた頃に両親は銀河連邦にとって最大の敵対勢力、ゾ・アウス(通称・軍事帝国)との交戦で戦死したとされている。
そんな二人を育てたのは、カケルの年の離れた姉、アイ・ダヴェンポート女史である。
彼女は銀河連邦宇宙軍(U.G.S.F.)に数多くの装備を提供するニューコム社の主任研究員であり、軍属としての地位も有していた。
宇宙空間での艦隊戦闘を支援する艦載航宙機の研究をしていた彼女は二人に研究への参加と協力を求め、その見返りに幼かった二人を機密施設であった研究所で、ニューコム製航宙機、ジオキャリバーIIのテストパイロットという名目で住まわせ、手厚く養育した。
しかし、安寧の日々はそう長く続かなかった。
今から2年前、アイは軍とニューコム社が共同で行ってきた研究が打ち切られた為、二人をこの施設のテストパイロットとして留まらせる事が出来なくなった事を告げた。
彼女自身は連邦母星ガイアにある研究所へ転属となったが、そこでの研究は二人を必要とはしていなかった為、これ以上二人の身を預かる事は出来なくなったのである。
こうして、アイからの庇護も失った二人は、当時12歳にしてこの地にあるU.G.S.F.の士官学校へと入学する事となった。
「あなた達なら才能があるから」
そう、アイは告げて二人の元から去って行った。
望まずに入った士官学校ではあったが、幼少期からニューコムのテストパイロットとして必要な知識と技術を叩き込まれたカケル達は恵まれた適正も相まって、それから二年間のうちに訓練課程を終え、士官学校を卒業、銀河連邦領と外宇宙の窓口にほど近いこのボスコニア共和国にあるU.G.S.F.駐留軍の航宙機隊に間もなく配属される事となり、この地を踏む事となった。
しかし、誰もが羨むその成績もカケルにとってはなんの慰めにもならず、幼少期からの研究所暮らしで他者とのコミュニケーションも乏しかった事から、彼は常に孤独であった。
たった一人の家族であった姉へのコンタクトも機密保持を理由に禁じられ、当時の実験中止と放逐は自分自身が原因ではないかと感じたカケルは、強い喪失感にさいなまれ続けていたのである。
もっとも、肉親を誰一人知らないまま育ったケインは、この件について比較的楽観的だったが……
◆
市民公園の面積は一つの都市といっても差し支えない程の規模であり、幾つかの順路を自動運行するLRT(路面電車)によって、公園内の各施設は繋がれている。
二人は広場から、公園の中心にあるスタジアムへと向うLRTの乗降スポットへと向う。
公園の長い遊歩道の脇には良く手入れされたカエデの木が並び、空を緑色に染めるようにして葉をそよがせ、二人を強い日差しから優しく守った。
遊歩道を進むと、カケル達の周りに同じU.G.S.F.士官学校の制服を着た訓練生や、U.G.S.F.の制服を着た兵士や士官がその数を増やしていった。
これからスタジアムで行われるボスコニア共和国建国記念式には、ボスコニア共和国の国防軍将兵のみならず、同国に駐留するU.G.S.F.の将兵も原則として出席する事となっていた事もあり、乗降スポットには既に長い行列が出来ていた。
歩道の上に設置された、細長い電光案内板にはスタジアム方面へと向かうLRTが10分後に到着するメッセージが表示されている。
「これだと乗れそうにないね、次の便を待とうか?」
ケインはカケルに話しかけたが、カケルは別の方向を睨んでいた……
◆
「どうしたの?」
ケインがカケルの目線の先を見やると、順番待ちの行列の後ろから人の争う声が聞こえる。
声の主達は標準的な銀河人よりも背が高く、優に180cmを超える身長と、筋骨隆々とした体の下にはダークグリーンのブレザーと金色の階級賞をあしらったボスコニア国防軍の軍服を纏っていた。
皆、ベリーショートで短く整えた髪、褐色の肌、銀河人よりも一回り以上大きな体格からくる威圧感は、銀河人との混血ではなく純血のボスコニアンだと言う事を主張している。
ボスコニア国防軍の兵士達は、私服姿の少女達を取り囲んでいた。
子供達が銀河人かボスコニアンかは良く判らないが、ボスコニア国防軍の兵士が子供を取り囲み、騒ぎ立てている光景は明らかに常軌を逸脱していた。
◆
「ウ=セリック!(卑しい者め!)」
一際背の高い兵士が、顔を引きつらせながら甲高い声で怒鳴ったかと思うと、次の瞬間に兵士の拳が少女の顔へと吸い込まれていく。
鈍い音が辺りに響き、周囲がどっとざわめいた。
「ナ=アインニング!(裏切者め!)」
倒れこんだ少女に対し、他の兵士達も怒鳴りつけている。
兵士達の言葉が銀河連邦における公用語ではない事は確かだが、それが少なくとも少女を労わる類の言葉ではなく、罵倒する分類の言葉である事は想像に容易い。
◆
「ミク=ルソ!(クソガキめ!)」
興奮した兵士が警棒を取り出し、今にも振り下ろそうとしたその時だった。
どよめきたつ群衆の中から同じボスコニア国防軍の兵士が飛び出したかと思うと、少女をかばう様にして手を広げ、背の高い兵士達の前に立ちふさがった。
「イル=ゼーガ!ハシェッダ=クリフト=スコア!(軍人による私刑は不名誉な振舞いよ!)」
そう叫ぶ兵士は同じボスコニア国防軍の制服こそ着ていたが、背丈は他のボスコニアンよりは低く、華奢に見える。
身長もカケルやケインよりもわずかに背が高く160cm程にしか見えない。
流れるような長髪そしてピンク色で光沢のある長い髪の毛と、幼い顔立ちの兵士は一見すると銀河人の少女のようにしか見えなかった。
背の高い兵士達が背の低い兵士に向き直り、一斉にファイティングポーズを取る。
◆
市民公園の面積は一つの都市といっても差し支えない程の規模であり、幾つかの順路を自動運行するLRT(路面電車)によって、公園内の各施設は繋がれている。
二人は広場から、公園の中心にあるスタジアムへと向うLRTの乗降スポットへと向う。
公園の長い遊歩道の脇には良く手入れされたカエデの木が並び、空を緑色に染めるようにして葉をそよがせ、二人を強い日差しから優しく守った。
遊歩道を進むと、カケル達の周りに同じU.G.S.F.士官学校の制服を着た訓練生や、U.G.S.F.の制服を着た兵士や士官がその数を増やしていった。
これからスタジアムで行われるボスコニア共和国建国記念式には、ボスコニア共和国の国防軍将兵のみならず、同国に駐留するU.G.S.F.の将兵も原則として出席する事となっていた事もあり、乗降スポットには既に長い行列が出来ていた。
歩道の上に設置された、細長い電光案内板にはスタジアム方面へと向かうLRTが10分後に到着するメッセージが表示されている。
「これだと乗れそうにないね、次の便を待とうか?」
ケインはカケルに話しかけたが、カケルは別の方向を睨んでいた……